食事業を第3の柱に。ロート製薬が“薬に頼らない製薬会社”を目指す理由
生活者の健康意識の高まりから、市場規模は約2兆7千億円(※)と成長しているヘルスケア市場。最近では「健康でおいしい食品」が一般化されはじめ、メディケアフードの進化、機能性食品の充実が顕著です。ロート製薬株式会社は、「薬に頼らない製薬会社」を目指し、食事業に取り組んでいます。取り組みの背景や製品開発の裏側などについて、お話をうかがいました。
※株式会社インテージ「健康食品・サプリメント+ヘルスケアフーズ市場実態把握レポート2018年度版」
お話をうかがった方
ロート製薬(株)
食品事業推進部 部長 田中 誠氏
ロート製薬(株)
食品事業推進部 マネージャー 田積 慶樹氏
ロート製薬(株)
食品事業推進部 マネージャー 熊沢 益徳氏
製薬会社がなぜ?多岐にわたるロートの食事業
ーー 製薬会社として長年歩んできたロート製薬が、食事業をスタートしたのはどういった背景があったのでしょうか。
田積氏(以下、田積):当社はこれまで目薬や肌ラボ®、メンソレータム®など、医薬品・化粧品を中心にビジネスを展開し、人々の美容と健康をサポートしてきました。
日本の少子高齢化が加速する中で、生活習慣病や医療費の高騰といった課題が浮き彫りになり、社会全体として「健康」に取り組む必要性が生じています。また、日本は女性の“痩せ”の割合が先進国の中で最も多く、さまざまな健康リスクや出産時の低体重など、お子さんへの影響をおよぼすことがわかっています。また、母親の痩せの問題は、お子さん、またその先のお孫さんと親子3代にわたり、影響を及ぼす可能性もあることがわかってきました。
こうした背景から、「健康」について突き詰めて考える中で、「食」を通したヘルスケアサポートへとたどり着いたのです。人の健康は食事から。製薬会社として、生活習慣病などの解決に向けて、未病のところから「食」領域に取り組んでいこうと。「薬に頼らない製薬会社」を目指し、食品事業をスタートしたのです。
ーー「薬に頼らない製薬会社」というコンセプトは非常にチャレンジングな印象です。いつ頃から、どのような事業を展開されているのでしょうか。
田積:食品事業推進部は2020年6月に発足したばかりですが、当社では以前から、生薬・食品素材化プロジェクトとして、食領域のチャレンジをしてきました。
食事業は大きく4つの分野で展開してきました。健康の源を作るファーム&レストラン、素材の良さを生かしたこだわりフード、栄養を補うサプリメント&飲料、そして地域連携です。
ファーム&レストランでは、2013年から沖縄県石垣島の「やえやまファーム」で農業と畜産事業を展開。有機JAS認定のパイナップルなどを栽培し、循環型農業に取り組んでいます。同じく2013年に設立した「はじまり屋」では、有機栽培農業でにんじんや玉ねぎなどを栽培しています。2016年からは、ジュースやドレッシングなどの加工品の開発と販売もスタート。当社が運営するレストラン「旬穀旬菜(しゅんこくしゅんさい)」内でも、提供しています。
田積:こだわりフードの分野では、オーガニック豆を使用し、手軽においしく食べられる具だくさんなスープ「ダルーラ」を2016年に発売。また、グループ会社である北海道の北辰フーズでは、夕張メロンゼリーの開発から販売までを手がけています。
女性向けプロテイン「プロポ」や、成長期応援飲料「セノビック」など、各種サプリメントや飲料も展開しています。
また、「食を通して、社会や地域の課題解決を」という想いから取り組んでいるのが、地域連携です。2015年3月には、奈良県と包括提携を結んでいます。奈良県宇陀市は、ロート創業者の出生地でもあり、古くから生薬が取れるエリアです。風光明媚なこの地域で、古き良き伝統文化や健康につながる「素材」・「食」を次世代に繋ぐ活動をしています。
ーー農業から地域連携まで、「食」を起点に多岐にわたる事業を展開されているのですね。
田中氏(以下、田中):はい。過去からさまざまなチャレンジを重ねていますが、当社の食ビジネスについては、まだまだ知られていません。
今後は、製薬会社の強みを生かし、エビデンスと信用にもとづいた“体にいい食”を手がけ、食から皆さんの健康をサポートしていきたいですね。また、さまざまな企業との協業も積極的にすすめ、食事業を第3の柱に育てたいと考えています。
熊沢氏(以下、熊沢):食品事業推進部だけでなく、北海道から沖縄のグループ企業も含め、多岐にわたる事業を展開しています。それぞれの強みを生かし、食事業の土壌を育てていきたいですね。
ーー現在では幅広く展開されている食事業ですが、参入の際は、社内でどのように受け止められたのでしょうか。
田中:農業や畜産などは、当初は「え?」という感じで、正直なところ戸惑いもありました。ですが、根底にあるのは、「人々の健康をサポートしたい」という願い。農業からレストランなどへと事業が広がっていく中で、次第に点が線となり繋がっています。
先述した「ダルーラ」も、女性の痩せや貧血といった課題へのソリューションです。
「新しいこと、世に役立つことをやっていけば、次に繋がる」という土壌が社内にあり、課題解決に必要なプロジェクトは、積極的に取り組んでいます。
社内の朝活、他社との協業、巻き込む力で成長の芽を育てる
ーーチャレンジが醸成される土壌があったとはいえ、新規事業への参入に際しては苦労もあったかと思います。成長の目は、どのように育てていったのでしょうか。
熊沢:私は食品事業推進部の前身となる、プロジェクト時代から携わっていますが、“社内を巻き込んでいくこと”が非常に大切だと実感しています。
ダルーラの開発に当たっては、社内で朝活キャンペーンを実施したんです。昨今、日本全国で朝食欠食率が高くなっていますが、当社内でも欠食率が高く、痩せ型の女性社員も多かった。健康を支えていく企業として、「これではまずいだろう」と。
そこで、女性社員を募り「朝活」と称して、毎朝会社でダルーラを食べてもらいました。1ヶ月ほど続けると、参加したメンバーから「体調が良くなった」との声があがり、データとしても活用できました。
ーー食の領域では、女性に寄り添う姿勢が感じられます。長年の医療・美容分野での研究や女性社員の声が生かされているのでしょうか。
田中:当社は早くから、女性が活躍してきた企業です。女性ならではの目線で既存の枠にとらわれず、社会に必要な商品を開発してきましたし、女性に寄り添う姿勢を大切にしています。
食品事業については、まだ慣れないことなので壁もありますが、「まず社員が健康であること」への共通認識があります。「健康」への意識を一人一人が高く持って、ひとつひとつのプロジェクトを面白がりながら、推進している感じですね。
ーー健康サポート企業として、社員一人一人が体現されている姿勢が素晴らしいですね。一方で、販路の面などはいかがでしょうか。
田積:食の分野では、当社はまだまだ新参者。「なぜ製薬会社が?」との声もいただきます。「環境が変わると、今までの当たり前が通じないんだ」と実感する日々ですね。
壁を感じる部分もありますが、「食から健康に」というビジョンを丁寧に伝えていくと、みなさん関心を持ってくれます。
逆に新規参入だからこそ、前例にとらわれない発想も可能になります。今は新参者ですが、これからは「食から健康に」がスタンダードな社会になっていくと、日々、自分自身に言い聞かせながら取り組んでいます。
田中:ダルーラやセノビックなど、独自の商品開発もおこなっていますが、当社だけでできることは限られています。そこで、積極的に取り組んでいるのが他社との協業です。当社の健康素材を提供した商品開発にも取り組んでいます。
田積:当社では、長年の医療・美容分野での研究から、食品への使用が可能な健康関連の素材を有しています。そのひとつが、オリジナル素材の「グロビンペプチド(METAP®)※1」です。
2020年9月には、グループ会社のエムジーファーマ社がドラッグストアのツルハホールディングスと共同で、日本初の機能性表示あんぱんを開発・発売。想定以上の売れ行きでした。「食べながら健康に」への生活者ニーズを知るきっかけとなりました。
※1:「グロビンペプチド(METAP®)」とは、中性脂肪の上昇を抑えるはたらきがあることが分かっている、バリン-バリン-チロシン-プロリン(VVYP)のテトラペプチドを含んだペプチド混合物のこと。参考:https://www.mgpharma.co.jp/products/%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%83%83%E3%83%97/
これまでは、「食事で補えない栄養をサプリメントで」という時代でしたが、「食から健康に」が定着していくと、サプリメントのニーズは減っていくでしょう。それならば、「健康になる食」の開発に注力していこうと。
当社ではまだ、食品の製造はできませんから、OEMなど、食品メーカーと組んで、「健康に良くておいしいもの」にどんどんチャレンジしていきたいですね。
ーー「食から健康に」は、生活者にとって理想的だと感じます。
田積:おいしさを保ちながら、健康になれればストレスもたまりません。当社だけでは難しいので、共同開発などしながら、新しい食文化をつくっていきたい。
田中:吉野家や堂島ロールなど、グロビンペプチド(METAP®)を応用した共同商品開発は進んでいます。機能性表示の面など、開発には時間がかかりますが、付加価値のある商品開発ができています。製薬会社だからこそ叶う、新たな強みだと思います。
薬に頼らない製薬会社へ。目指すのは食を通じた社会貢献
ーーコロナ禍で健康や食への注目度が上がっています。ヘルスケアに関するニーズは、より一層高まっていくと予想されますが、ロート製薬としてはどのように捉えていますか。
田中:おっしゃる通りで、コロナ禍で健康への関心は一気に高まり、世の中の変化を肌で感じています。当社も「一緒に何か取り組みましょう」という声を多数いただいています。
一社の力は限られていますが、それぞれの強みを掛け合わせることで、全く新しいもの、お客さまにも喜ばれる商品が生み出せると考えています。
まだまだ、ニーズは増えていくでしょうし、健康や世の中の課題解決に繋がる商品を開発していきたいですね。
ーー製薬会社から食への異業種参入ですが、「人の健康」という根底の部分がロート製薬の精神に繋がっていると感じます。
田中:協業する企業にも、食事業参入へのストーリーやビジョンをお話しすると、「一緒にやりたい」と共感いただけます。非常にありがたいですね。
当社の健康経営について、ご質問いただく機会も増えていますし、ダルーラを福利厚生として活用いただく企業もいらっしゃいます。
ーー人々の健康を願う気持ちは、みなさん共通しているのですね。最後に、これからロート製薬が目指す姿、築いていきたい世界について教えてください。
田中:毎日食べるものから自然と健康になれることは、非常に重要だと思います。罪悪感なしでおいしいものを食べられると、人々の笑顔につながります。体だけでなく心も満足する方向に、社会が向いていくと良いですね。
熊沢:今までさまざまなトライをしてきましたが、“日常生活の中で自然に取り入れられる食”の提案を目指したいですね。例えば、メンソレータム®や肌ラボ®のように、「気づいたらロートのものが家庭に溢れていた」という状態。他社とも協業しながら、自社でも販路を広げていきたいと思います。
食は、人にとって本当に大切なものです。ロート製薬の食については、自然で素材本来のおいしさが感じられながらも、体にいいものを提供していきたい。決して、流行りやパフォーマンスで終わらないようにしたいですね。
食べ続けることで食そのものへの興味や食育にも繋がっていくと、うれしいなと思います。
田積:食から社会貢献に繋がっていけばと。食から健康になれば、国の医療費も下がります。差分が日本の未来に投資されれば、国自体もより良くなっていくでしょう。当社の提供する「食」が、日本のより良い変化に繋がるとうれしいですね。そして、賛同してくれる企業が増えていくと、明るい未来に繋がっていくのかなと思います。
▶︎ロート製薬 食品事業 https://www.rohto.co.jp/business/food/
※この記事はクックパッド株式会社が運営するFoodClipからの転載記事です。
(digmar編集部)