BtoBマーケティング「専門職インタビュー」
~訪問看護の現場から(後編)~

訪問看護の現場から…後編

今回の「専門職インタビュー」は、訪問看護ステーションの看護師さんたちのお話の後編です。前編では、訪問看護という仕事上の苦労や遣り甲斐などに関する発言内容を中心にご紹介しましたが、後編ではこの分野に参入する企業のビジネスにもヒントとなるようなお話もお伝えしたいと思います。

以下、ダイジェストでインタビュー内容を振り返ります。

看護師は「利用者側が用意した物品」を工夫して使用している

~利用者のお宅では、誰が必要な物品を用意するのですか~

看護師さんが訪問先で使用する医療物品は、基本的には訪問看護ステーションから持ち出し、医薬品やバンソウコなどは訪問診療の医師が持ち込むそうですが、看護に必要な衛生用品や洗浄剤などその他の物品については、基本的にそのお宅にあるものが使われています。必要なものがお宅にない場合も多く、「体にお湯をかけることが必要な時はペットボトルにお湯を入れて使う」など、現場での様々な工夫が必要とされています。おしり拭きなどを準備されていないお宅の場合は、トイレットペーパーなどで代用されますが「あったらケアがしやすいけどなあ」と感じることもあるようです。

使用商品を変更したほうがいいという判断も行う

~こんな商品にしたら?とすすめることはないのですか~

シャンプーやボディーソープなどには利用者さんの好みもあるため、基本的には家にあるものを使われますが、脂漏性湿疹でフケが多くなった、など、症状をご覧になり「商品を変えたほうがいい」と提案されることがあるそうです。保湿剤やハンドソープ、化粧水なども基本的には利用者さんのお好きなものを使われるのですが、「乾燥がひどい」など症状が確認された場合は、医療用の物品の処方箋を書いてもらうよう医師に連絡されるようです。

利用者さんやご家族から、利用すべき商品について質問される

~何を使ったらよいか、質問されることはありますか?~

自宅での看護を選択された利用者さんには、看護師さんが利用されるもの以外にも様々な物品が必要となります。介護や自立に必要な物品に関しては、ケアマネージャーさんが手配されるケースが多いのですが、ケアマネージャーさんが推奨される物品について、看護師としての判断を求められることも多いそうです。たとえば「杖を使って歩くのは辛そうだ」と、ケアマネージャーさんに連絡して歩行器を手配してもらうのですが、その選定には、看護師さんが作業療法士、理学療法士、言語聴覚士など専門職の方の意見も仰ぎながら関わられることが多いようです。身近で利用者さんの状況を見て、その先に何があるかを予測するためには、医療的判断の他に豊富な経験も必要だと感じます。現場では、介護カタログなどを見た看護師さんがケアマネージャーさんに情報共有をされることもあるのに、そういった物品に関するステーションへの売り込みや勉強会開催などをするメーカーはほとんどないそうです。(大病院には「売り込み」があった、と商品を記憶されている看護師さんもおられました)

おむつや介護グッズ、清潔にするためのケア物品などについて看護師さんから提案をすることはあまりないそうですが、「ご飯が食べれないときどうしたらいいか」といった相談はよく受けるため、ゼリー食やバランス食、経口補助食品、嚥下しやすい食品などをお勧めになることはあるようです。(インタビュー中は具体的商品名が発言されました)

利用物品への改善点を感じても、現場では口に出されていない

~ご自分の仕事が楽になるような物を利用者に買ってもらいたいとは思いませんか?~

インタビューをする前には、看護師さんからおむつなど衛生用品への改善要求が盛んに口にされるのではないかと想像していたのですが、看護師さんたちから自発的にそれを口にされることはありませんでした。

質問を続けていくと、「横漏れ」や「使用後の処理」など、作業上、大変なご苦労があることがわかりましたが、そんなことを「苦労だ」とは認識をされていないように感じられます。作業のたいへんな瞬間をひとつひとつ思い出してもらうと、「こうなっていたらいいのに」という改善要求意見は多岐に渡って語られましたが、現場では「用意されたものを黙って工夫して使う」というのが現実。当然、利用者さんのご家族に「もっといいおむつを買ってください」とおっしゃることもないようです。

看護師は市販の物品を知り尽くしているわけではない

~市販の商品について情報は足りていますか?~

もしも家族が訪問看護でお世話になることになったら、家族としてどんな商品をそろえるべきでしょうか。あらゆる情報をネットで検索するものの、最後には看護師さんに聞いて物品をそろえたいと考えるのではないでしょうか。しかし、看護師さんも市場にあふれかえる商品について知り尽くしておられるわけではありません。とくに「利用者宅にあるものを工夫して使うのが当たり前」と看護師さんが感じられている物品(たとえば、おむつなど)については、情報取得の重要性も自ずと低くなっています。

おむつに関しては、サイズの違いくらいしか意識をされていないようでしたが、話を進めていくと「たしかに、我々がもっと商品について知っていたらアドバイスできるかもしれない。教えてください、と言われれば、薦めることもできるし、ご家族も買いやすいかもしれないですね」と語られます。

市販の商品の知識は、メーカーの売り込みがある大病院の看護師でなければ得難い状況にあるのかもしれません。また看護師さんの忙しさを考えると、自発的に新商品を学ぶ機会を作るのは難しいと感じます。

看護師さんが感じ取られる物品へのニーズは非常に繊細

~利用すべき商品はどのようにアドバイスされるのでしょう?~

しかしながら、アドバイスを求められた際の看護師さんたちの話からは、利用者さんの繊細なニーズに応えねばならない、というミッション意識が感じられます。「魚が好きな人には、こういう食品」「○〇病の既往があればこんなもの」「皮膚の弱くなっている人にはこんなところに注意して」「目が見えない方にはこんなことがあるから…」というように。
看護師さんたちは、様々な症状を持つ利用者さんを見てきた経験から、その商品の利用によって将来的に何が生じるかを、誰よりも想像できるからです。

在宅を選択される方には『こういう風に生活していきたい』というこだわりが強い人が多いそうです。それなのに、事情に沿った商品を探しても「これ」というのがなく、満足できない既製品で我慢してもらうしかないことは、看護師さんにもストレスとなっています。
例えば、全盲の方は「音声入力できる商品がもっともっと充実してほしい」と思っているし、握力のない人は、自動で本をめくる機械などがもっと細かい要求に応えてくれることを望んでいます。でも「そうじゃないんだ」という商品ばかりで、もどかしいそうです。

コロナ禍で増えたのは「社会的対応」

~そういえば、コロナ禍で現場はどのように変わりましたか?~

コロナ禍で看護師さんの現場での負担はかなり増えたのではないか、と想像しましたが、コロナになる前からマスクや手袋など基本的な対応をされていたので、現場ですることはあまり変わっていないそうです。しかし、熱が出た時の症状判断などで色々なところに連絡をしなければならないなど、社会的対応の仕事が増えているようです。

また、医師への連絡やカンファレンスにもZOOMなどを活用しなければならなくなったことで、別の負担が生まれています。テレビ電話は便利だけど、利用者さんの雰囲気や表情は観察しにくいし、予後のことなど「踏み込んだこと」は話しにくくなったそうです。「以前は、本人が病室に帰ってから関係者で大事なことを話し合ったりできたのに、そういうわけにもいかなくなった」と、一見便利になったオンラインコミュニケーションの意外なところで困っておられる様子がうかがえます。

訪問看護領域の充実のためには法改正も必要

~訪問看護の分野がより充実するためには?~

最後に、訪問看護の分野がより充実するために、何が将来的な課題となるか聞いてみたところ、「看護師がどれだけ権限を持って動けるかというところにかかってくると思う。」という意見が示されました。「医者がいて、看護師さんは助手」という構図は、訪問看護がもっと普及すると変わってくる、と考えられています。(お話を聞いていて、そう変わらざるを得ないだろう、と私も感じました。)
かかりつけ医師の他に、体のことをよくわかってくれる「かかりつけの看護師」といった発想もあって良いのではないか、という意見もあります。
看護師の権限を拡大するためには、たとえば、症状判断がAIなどで質高くできることなどが求められますが、これが現実となれば、現場にいる看護師の強みが看護にも充分に生かされると考えられています。
今、新型コロナウィルスに感染し自宅療養となっている人の看護に関しても「電話で対応するだけでなく、訪問看護を利用できるようにすれば、救える命もある」といった意見も聞かれ、訪問看護を利用しやすくするための、法や規制改正の必要性も論じられました。

訪問看護の周辺ビジネスで意識すべきこと

「訪問看護」の現場についてうかがってみて、周辺でのビジネスを考える企業は、開発する商品やサービスのユーザーに「看護師」「利用者」「利用者の家族」という三者を想定し、それぞれが抱えるニーズをしっかりと捉えねばならないと感じました。

まず、前回ご紹介したようなニーズに加え、「症状が客観的に判断できるための医療用具の価格がまだ高い」など、看護師が仕事上感じている問題点はたくさんあります。
深く聞いてくと、看護師に必要とされる利用者宅の物品には未充足な点がまだまだ多く存在していますが、「用意された物品に足りないところがあっても工夫をして使うのがあたりまえ」と思われているために、不満が顕在化しにくい事情も垣間見えます。そのため、痒いところに手が届いた商品が現場に供給されにくくなっています。

利用者の食事や必要物品について、とくに難病や予後の利用者のニーズは、我々には想像しがたく、利用者にも不便を強いていることが特に多いことがわかりました。しかし、利用者本人が不満を口にすることがない場合、我々が当事者の不便を想像することは不可能に近いと感じます。だからこそ、商品やサービスの開発には、専門家として彼らのニーズをくみ取ってくれる看護師の役割が非常に大きいことは間違いないと考えらえます。
加えて、難病を抱えて生活されている利用者や年老いた親の終末期を支える家族にも「より的確な商品を使ってあげたい」という思いがありますが、医療上の判断と利用者の快適さのバランスなど、繊細な問題も横たわっていて、素人が判断するのは難解です。的確なものを使ってあげたいという気持ちが強いだけに、選択には多くのエネルギーが割かれますが、商品やサービスのバリエーションはまだまだ足りていませんし、間違いない判断をするためのリテラシーもありません。看護師は利用者さんの状況や気持ちをくみ取りながら、家族の選択を支える役目も担っており、そこには今後、多様なビジネスチャンスがあると感じます。

訪問看護の現場をリサーチすることの意義は大きい

ところで、訪問看護の現場で見られる一見特殊なニーズは、実はそのまま、高齢者や様々な障害を持つかたの商品開発の参考になることが多いと感じます。「必要は成功の母」で、多くのイノベーションが特殊疾患や難病患者の医療現場から生まれている事実からもわかります。ユーザービリティで多くのセグメントから支持されるイノベーティヴな商品、その開発にも、訪問看護の現場をリサーチする意義は充分にありそうです。
この分野に参入している企業でも、現場の看護師さんに対してしっかりしたリサーチを行っているところは少ないのではないでしょうか。商品やサービスの現場でのテストは、多くの示唆を与えてくれるはずですが、長年、不満が全く解消されていない商品群を見ると、まだまだ企業努力が不足していると感じます。
加えて、看護師から発せられる提案には重みがあるのに、商品やサービスの情報が十分に到達していないために、せっかく良い商品を販売していても認知されず、使用提案のチャンスが失われているのも残念です。看護師に到達するようにプロモーションが行われていない(していても届いていない)という事実からも、商品やサービスを供給したい企業側のエネルギーが足りないことが感じられます。

インタビュアーを終えて

インタビュー前には「訪問看護=病院の看護師さんの仕事が利用者さんの自宅で行われる」と漠然と想像するのみで全容が見えていませんでした。お話を聞いてみると、訪問看護は、想像していたよりも身体的負担が大きく、また、命に係わる判断を現場で適切に行うプレッシャーにさらされていて、非常に孤独で厳しい仕事であるとわかり、これぞプロフェッショナル、と心から頭が下がりました。
訪問看護に特化した看護師さんの割合は、看護師人口のわずか数パーセントと言われており、将来的に増加が期待されています。超高齢社会になりつつある我が国で重要度が増す分野であることは間違いなく、従事される人だけでなく、企業の参入も大いに望まれる状況です。
訪問看護を取り巻く商材やサービスなど周辺の産業も含め、この分野を大きく発展させていくためには、商品やサービスの改善、またICTの発展など、看護師をもっと楽に、ストレスなく仕事に集中できるようにするしくみ、そして命を守るための権限をより大きくするために、各種企業がもっとリサーチやプロモーションに力を入れ、知恵を出し合うことが必要だと感じました。
看護師さんは毎日時間に追われ、忙しい中で利用者さんに真剣に向き合っておられるので「今日、インタビューを受けてはじめて、自分が普段現場で感じていることに気づけた」とおっしゃっておられたのも印象に残りました。

リサーチを生業とする者のミッションは、当事者の気持ちの奥底に潜む真実を抽出し、それを踏まえて新しい商品やサービスの提案をすることなので、今後はこの分野の発展にもぜひ力を尽くしたいと思います。

Information:
弊社では、訪問看護ステーションを経営する企業と連携して、看護師へのインタビュー、利用者宅での商品テスト、などのリサーチが実施可能です。
ぜひ、お気軽にお問い合わせください。

インタビュー企画・分析:大槻美聡

(digmar編集部)