定性インタビュー 聞き方のコツ(フォーカス・グループインタビュー、ワン・オン・ワンインタビューなど)
アンケートを代表とする定量調査が行きつくところまで発展したことや、個人の行動履歴が簡単に得られるようになったこと、またSNSなどで発された言葉から現象を読み解く技術の進歩などで、我々は処理しきれないほどの莫大なデータを得ることができるようになりました。
消費者の生活は丸裸にされ、何もかも企業の知りえるところとなり、「データはあるものを見れば充分で、わざわざ消費者から情報をとる必要などない」という意見も聞かれる時代です。
そんな中、なぜか、今までリサーチをなさっていなかったような業種の方からもお問い合わせが増えてきたのが定性調査です。
以前から重要視されているお客様は多いですが、最近ご興味をお持ちになった方々の動機が分からず、「なぜ、今になって、急に定性調査を?」とおたずねしますと、「AIなどを駆使して簡単に様々なことが予測できるようになった世界では、AIには迫れないところ、つまり、人の言動には表れにくい現実をより早く、そして詳しく知ることでしかビジネスの種を創造できないことに気づいたから」とお答えになりました。
BtoBの現場においても、取引先と営業マンの雑談から情報を得る従来の方法だけでなく、関係者やユーザーさんに時間をとってもらってインタビューを行う、ということが増えているようです。
でも、インタビューにはテクニックが必要で…。
定性調査・質的調査、(グループインタビュー、デプスインタビューなど) などと呼ばれる質的なインタビューには、その進行をガイドする人=moderator(以下:モデレーター)が重要な役割を担います。
モデレーター(司会者)の役割については「リサーチ目的に到達するため、あらかじめ構成したインタビューフローに沿って、リサーチ対象の意見や気持ちを聞き出すこと」などと説明されますが、その技量によってインタビューで得られる情報が変わってくることを考えると、誰にでも簡単にできる役割ではないと言えましょう。(補足ですが、業界ではインタビュアーとは、会場調査などで対象者から聞き取りを行うような調査員のことを指します。 よって、インタビュアーとモデレーターは異なりますので、注意が必要です。)
私が講師を務める日本マーケティング・リサーチ協会の定性調査のセミナーでも、モデレーターの経験のある受講者の多くが「思うように深いところに迫れない」「うまくリサーチ対象の本音を引き出せない」といった悩みをお持ちで、その難解さを感じておられます。
そこで、モデレーターの仕事とはどのようなものかを紹介していきます。 今回は、インタビュー調査におけるモデレーターの役割について、私なりに考察したいと思います。
1.リサーチの目的と課題を理解する
リサーチの企画者がモデレーターを務める場合もありますが、そうでない場合、リサーチの行われる背景や目的、そして自分の抽出すべき情報が何か(リサーチ課題)ということについて、モデレーターは充分に理解をしておかねばなりません。この理解が浅いと、アンケートでも拾えるようなありきたりの意見や対象者の話しやすい話だけに終始してしまい、気が付くとfindings(新たな発見事項)が何もない、なんてことが起こるからです。
経験豊富なベテランのモデレーターさんが、インタビュー・フローを見て「この聞き方をこう変えたい」とおっしゃることがありますが、それは目的に到達するための「聞き方」をたくさん経験されていて、自らのミッションをよく理解されているからだと言えるでしょう。
2.インタビューフローの骨子を十分に頭に刷り込んでおく
未熟なモデレーターは、インタビューフローを調査票のようにとらえてしまい、そこに書かれてある質問を、忠実に遂行しようとします。これを「忠実だけど、リサーチ目的に誠実でない」と形容された方がおられました。
対象者は、善意の協力者ですが、こちらの思惑通りには話してくれないのが普通です。ところが、インタビューフロー通りに次々に聞こうとすると、対象者の頭が深いところに入り込む前に、次の質問が投げかけてしまうことになります。
対象者の思考は、そこでブツッと切れて、次の質問に頭を切り替えねばなりません。せっかく考え始めたのに、その話したい気持ちやリズムを台無しにされると、対象者はじっくり考えようとする気持ちになれず、投げられた質問に端的に効率的に答えようとし始めます。そうなると、分析に値するような深い洞察は得られなくなってしまうのです。
書いてある質問をさらっと一問一答式に聞いていくスタイルにも、それなりの受容があるのを知っていますが、そんなインタビューは、やがては人間でなくてもできるようになるでしょう。しかし、人間の深い感情の動きをとらえようとするには、それをビビッドにとらえ、話の流れや対象者の気持ちを邪魔せずフレキシブルに順序を変えながら目的に到達することが求められます。
そのための事前準備もモデレーターに求められる重要な役割です。
3.インタビューの成功定義を意識する
インタビューフローに書いてある通りに質問ができることが重要でないことは既にお知らせしました。また、話の切れ目なく楽しそうに話してくれて場が盛り上がった、というだけでは決してインタビューが成功したとは言えません。
「こんな発言が抽出できたら」「ここへのヒントに足る表現が得られたら」というように、何が得られるとインタビューが成功なのかを意識することは、モデレーターにとって非常に重要なことです。対象者の機嫌を損ねないように質問を重ねることも大事ですが、目的達成のためには、たとえ機嫌を損ねても到達目的に近づこうとする努力が求められます。
対象者は我々が真に欲しい情報を簡単には話してくれないので、これが出たら成功だ、と意識をしながら手を変え品を変え、アプローチするのがモデレーターの仕事なのです。
4.話しやすい環境づくり
インタビューの対象者は、人前で話すことや質問されることに慣れているわけではありません。
企業にとって大事なお客さんですが、四六時中その商品やサービスのことを考えている我々とは全く別の立場です。彼らは、普段考えてもいないことを聞かれることに緊張もしているし、何の準備もない状態なのです。
それなのに「インタビューに呼ばれたのだから、何かいいこと言わなくっちゃ」「期待に応えなくっちゃ」「馬鹿と思われないようにがんばらなくっちゃ」と、まるで仕事をするようなミッション意識に燃えています。その仕事モードのままで質問を始められると、対象者は、本当は考えてもいない「よそ行き」な発言をしたり、社会的な規範に従って「いい子ちゃん」な発言をしてしまうことがあります。
我々が彼らに求めるのは、普段どおりに素の自分を見せてくれることなので、モデレーターはインタビューの最初の段階に、まずは、ここに心を砕かねばなりません。
この部屋の中では何を話してもOKよ、と彼らが思える環境を作り、彼らの話を一切批判せずに傾聴する態度で「この人にならなんでも話せる」という信頼を得ることが重要です。
また、彼らは話をするプロではありませんので、思うように話せないことも少なくありません。言いにくそうだな、上手にまとめられないな、という時には、それを自然に助けてあげたり、励ましてあげることも求められます。
5.聞く力
「聞く力」というと、阿川佐和子さんの著書を思い出される方も多いと思います。彼女のインタビューをご覧になったことがあるでしょうか。
色んなタイプの相槌を多用され、質問は短い言葉で投げかけ、「それで?」とか「それはまたどうして?」といった短い突っ込みを随所で繰り返されています。核心に触れるような言葉が発されると、すかさず身を乗り出し、「え? どうしてそう思ったのかしら」と自分が興味を持っていることを態度で示されます。すると、インタビューの対象者は、自分の発言が聞き手や周りの人の顔色を変えさせたのを敏感に察知し、もっと自分の頭にあることを引っ張り出そうと努力をしてくれます。
インタビューのモデレーターには、相手が気分よく話せるように乗せてあげることだけでなく、リサーチ目的に到達するために肝心な態度や発言の片鱗を見逃さずにしっかりとらえ、的確に刺激をする技術が必要とされるのです。
6.本音・潜在意識を引き出す
質問をして最初に出る言葉だけでよしとするなら、「 わざわざインタビューを実施しなくても、アンケートで事足りるのでは?」と、私はよくお客様に言います。
「なぜ、そこに行くの?」と聞いて「行くと気持ちが和むんです」と答えられたとします。ここで終わっているしまってい インタビューも実は多いのです。レポートに「気持ちが和むから」と書くだけでよいなら、それらしい選択肢を用意したアンケートの方が量的な検証もでき、ずっと役に立つのではないでしょうか。
我々がインタビューの実施をお勧めするのは、態度の背後にある「人間の感情や心理」がマーケティングの意思決定の根拠となるからに他なりません。
我々が相手にする領域は「必要に迫られて計画的に買う」合理的な消費ばかりではありません。いや、むしろ合理的でない消費の方が多いかもしれないのです。どんな気持ちに突き動かされて、購買に結び付くのか、その情動をとらえることができなければ、企業はモノの設計や売り方に自信を持つことはできないでしょう。
だから、せっかくインタビューを実施するなら、モデレーターには「対象者が語る行いや気持ちの背後まで」を分析対象とできるよう、彼らから情報を得ることにこだわってもらうべきなのです。
対象者の気持ちは、発言だけでなく体の反応や表情にも表れるので、優れたモデレーターはそれをしっかり見ています。態度がはっきりしないときは、どっちなのか、適宜確認します。人に聞かせられないようなネガティブな感情やその背景を引き出さなければならないこともあり、隠された実態や気持ちに迫りたいときは、それが出てくるように様々なテクニックを用います。
モデレーターには「対象者の鎧を脱がせ、その存在に肉薄することで対象者を丸ごと理解しよう」という気概でインタビューに臨んでもらわねばならないのです。
7.バックルームの人たちの理解を助ける
最後に、意識しにくいミッションですが、実はモデレーターにはもうひとつ重要な役割があります。インタビューを見ているバックルームの人たちを意識することです。
と言っても、バックルームの当事者が気分を害したり、怒り狂ったりしないように忖度して発言をコントロールせよ、ということでは決してありません。大切なのは、バックルームの人たちの解釈や理解を助けることを意識することです。
この意識の希薄なモデレーターは、インタビュー終了後に「あの人はどういう気持ちでああ言ったのでしょうか」と聞かれたときに「あの人は普段こうしているのではないかしら」などと全く発言になかった根拠のない推測で答えたりします。
大事なところで発言を引き出そうとせず、推測でお茶を濁している時点で失格だな、と思いますが、モデレーターには、バックルームの人の理解が進むように発言の因果関係を見せてあげることが、実は求められているのです。分析する人があとで整理すればよいと思われがちですが、理想は「その理解が進むように、対象者に語らせる」ことなのです。
ところが、実は、これはなかなかに難しい。こちらが、「しめしめ、思い通りで大成功」と終わる準備をしていたら、既に充分に情報が得られているところにもかかわらず「あれが聞けてないので聞いて」とバックルームから声がかかる、そういうことも少なくありません。企画者やモデレーターが「おお、やっとこの発言が出た。今日はこれでOK」と納得していても、リサーチ現場の経験が薄いお客様には、同じ理解に至れないケースもあるのです。
インタビューでは、アンケートの結果のように数字が出るわけではなく、解釈が見る人の能力や経験、そして主観に依存しがちであるためです。そのため、理解のしかたが様々ということを前提に、我々はデブリーフィングという振り返りで理解を一つの結論に近づけようとするのですが、まずは、見ている人が腹落ちするような発言を引き出しておかねばなりません。
つまり、モデレーターは、自分が腹落ちしただけではダメで、バックルームの人が皆それと理解できるような聞き方をすることにも注意を払わねばならないのです。
まとめ
さて、こうしてモデレーターの役割を整理すると、定量調査の設計や分析に様々な知識が必要であるのと同様、定性調査の設計や分析にもかなり高度な知識やテクニックが求められることに気づかれると思います。
適当に作ったアンケートでもそれなりに回答され数字が出るものであるように、インタビューも質問すればなにかしら答えてもらえるものです。ただし、アンケートはどう聞いたかがはっきりし数字が出るので成否の判断は比較的容易ですが、インタビューにおいては、得られたものが自社の意思決定に使えるものであるかどうかの判断が解釈する人の知性、教養、感性に委ねられてしまうだけに、設計も分析も一筋縄ではいかないものとなっています。
そんな難解さを抱えたリサーチで、企画者やモデレーターは、どんなテクニックを使っているのでしょう。インタビューの難しさを知っている人には、とても気になりますよね。
次回からは、得たい発言を得るための定性調査の手法や技法にも迫っていきたいと思います。
(弊社常務執行役員 大槻 美聡)