デジタル時代のアナログ文化
~なぜ今、カセットテープなのか?~

彼(現在26歳)は自他ともに認める音楽マニアである。多くの若者と同様、サブスクを利用して音楽ライフを謳歌している。しかし、一方で、ここ何年かでカセットテープレコーダーの購入やカセットテープの購入に数万円を投じているようです。
生まれながらのデジタル世代の彼が、なぜ、今、わざわざカセットテープ? と不思議に思い、その理由を聞かせてもらいました。

カセットテープを利用するきっかけは?

彼のカセットテーププレイヤーとの出会いは、小学生のころ、おばあちゃんの家にあった携帯用カセットプレイヤーを発見するところに遡る。その時は少し触っただけだったが、大人になり、何年か前にそれを自宅で発見したそうだ。試しに使ってみたところ、「ああ、これは面白いぞ」と、そこからカセットテープでも音楽を聴くようになったそうだ。

どんな音楽を聴いている?

ネバヤンや星野源など現代のアーティストも好きで、普段はほぼサブスクで音楽を聴いている彼だが、カセットテープを利用するのは「これを聞こう」というモードではなく、BGMのように音楽を流しておきたいようなときらしい。

カセットテープで音楽を聴く割合は、全体の一割くらいとのこと。ご両親の聴いていた「はっぴいえんど」や「大瀧詠一」「山下達郎」など昔のシティポップだけでなく、ボーカロイドのような思いっきりデジタルに振ったサウンドを、あえてカセットテープで楽しむのも実験的で面白い、と彼は語る。

機器やカセットテープは?

ちなみに、彼が持っているカセットテープレコーダーは、全てメルカリなどで手に入れた昭和の時代の商品である。自宅のデスクの下やスピーカー周りにそれらの機器はつながれて、いつでも使えるようになっている。

カセットテープは、市販のカセットテープに自分でダビングしたものを聞くこともあるそうだが、主にはサカナクションなどサウンドにこだわりのある現在のアーティストの手によるものを購入しているそうだ。CDも売れない時代にカセットテープで楽曲を売ろうとしているアーティストがいることに驚かされる。

カセットテープで聞くとどんな感じがするの?

ノイズのないサウンドで育った世代の彼には、カセットテープの音はどのように聞こえているのだろうか。彼の言葉を借りると、カセットテープでの音楽視聴のおもしろさは「カセットテープ特有のノイズ、サウンドの揺れやヨレ、そして間合い」と表現される。曲の間でしばらくジーっというノイズがしているのも、聴き始めたら簡単に曲を飛ばしたり、聴くものを変えたりできないところもいいらしい。

あえてカセットテープで聞く価値とは?

カセットテープが一般的だった時代を過ごした私から見ると、よりクリアなサウンドで、聴きたい曲だけ瞬時にどんどん聞ける今の音楽視聴環境はストレスレス。よくぞここまで進化してくれたものだ、と思うのだけど、その環境が当たり前の彼らからすると、私たちが「負」であると捨ててきた部分が「味わい」という新しいものに見えているようだ。

自分が子供のころのものが単に「なつかしい」のに対し、それより前の時代ものは経験していないので「新しい」という感覚で受け入れられるらしい。

また、彼は「サウンドとしての情報量がデジタルサウンドのそれほど巨大でなくて、ちょうどいい具合に絞り込まれた感じが心地よい」と語る。同じように、一本のカセットテープを聞くことには、曲で溢れかえるサブスクでの情報処理とは違う「コンパクトさ」という魅力があるようだ。
サブスクで聞いていると、ついつい端末を触ってしまうが、カセットテープは一旦スタートさせるとおいそれとは操作がしにくいので、かえって丁寧に音楽に向き合える気もするらしい。

カセットテープは身近でも流行っているの?

ところで、「カセットテープいいぞ」と彼が薦めるのは、自分と同じように「音を楽しむことを突き詰めている人」か、レトロなモノの良さを理解できる「おしゃれな人」だけらしい。誰彼構わずターゲットにしてカセットテープの良さを伝えたいわけではないし、このムーブメントが大きく広がってほしいとも思わない。せいぜい、10人にひとりいるかいないか、といった、そんなマニアよりのところに自分がいて、SNS上などで同じ感覚の少数の人とレトロな感覚を共有していることが、気持ちいいのだそうだ。

現代の音楽視聴環境は、便利さと同時に実は「情報過負荷」のストレスを生んでいて、彼らは潜在的に「その逆」のものを求めているのかもしれない。

カセットテープレコーダーの新製品は出ているの?

カセットテープで音楽を聴く、というムーブメントが、少なからず起きていることに、プレイヤーやカセットテープのメーカーが対応できているのだろうか、とふと考えてみる。

彼の話によると、メルカリなどで調達せざるを得ないのは、昭和の時代に売られていたカセットテープレコーダーのようにスペックの整った商品は、現在は販売されていないからだという。(出ていたとしてもかなり高額?)残念ながら最近の機種は「高齢者向けに操作の簡単さに機能を集約している物で、昔のような音へのこだわりが感じられない商品」なのだそうだ。

現代では得難い「味」を求めて、一見不便なロースペックな商品にお金を支払う人の市場。レトロスペクティブに新しさを感じて楽しむ市場は、決してアーリーマジョリティまでいかない、1割以上に広がっては価値を失うような市場なのかもしれない。しかし、マジョリティが支払わない費用とエネルギーで、彼らは長く、旺盛に消費をしてくれるのではないだろうか。

カセットテープと似た味わいの物はある?

カセットテープと似た市場はあるだろうか、という問いに、彼は「8ミリ」や「フィルム付きカメラ」を挙げた。何が写っているのかわかるまでにかかる時間は、それを経験していない若い世代にとっては、不便やストレスではなく、予測不能なものを待つ「わくわく感」や「ドキドキ感」と変換されるのかもしれない。

まとめ

「昔の商品」に「なつかしい」という以外の明確な価値(彼は「味わい」と表現)を見出す彼のような若者の意見は、技術革新こそベネフィットであると考えている技術者には、重要な発見を与える。
時代はますますデジタルの便利な機器を生み出していくに違いないが、その反対側では、バランスをとるかのように「味わい」が求められるのではないだろうか。
「おいてきぼり」になっているように見えても、実はエバーグリーンなブランドとして残すべき商品がある、と考えてみてもよいのかもしれない。

インタビュー企画&分析 大槻美聡

(digmar編集部)