連載コラム 「アンケート作成のいろは」vol.1

人間の行動が各種のデータとの紐づけで可視化される現代、アンケートの役割は、態度形成過程など人間の内面理解に、よりフォーカスして語られるようになってきました。

行動の傾向は掴めても「なぜ、そう考えるのか」と人間の頭の中に迫るには、定性調査など深い洞察に基づいて構成されたアンケートでの量的な確認が不可欠だからです。

マーケティングという学問領域の重要性や存在意義が十分に認識されるようになり、以前より市民権を得たアンケートですが、「うーん、惜しい!」と言わざるを得ないものに遭遇することも少なくありません。

リサーチを生業にしている我々は、クライアント以外の身近な人からも「ちゃんとしたアンケートの作り方がわからない」という悩みを聞くことがあり、ここらで改めて「アンケート作成」を見直してみよう、と、この連載を始めることにしました。

Web上で気軽にアンケートが実施できる便利なフリーツールが増え、アンケートは、今や誰にでも簡単に作ることができるものになりました。大学生の卒業論文のためのアンケート、飲食店のテーブルに置かれた顧客アンケート、商品に付けられた使用者アンケート…、専門家が見ると「この結果どうやって使うの?」と思うようなアンケートが巷に溢れています。弊社のクライアントからも「アンケート作成が身近になった分、練り方の甘いインスタントなリサーチが増えている」とお聞きします。「怖いのは、どんなおかしなアンケートでも、回答されデータ化され、そして事実として歩き始めてしまうことだ」と。

ビジネス・スクールでマーケティング・リサーチの授業をしますと「先生、私はアンケートをなめていました」と神妙な面持ちで言いに来られる生徒さんが毎年数名おられます。「使えないアンケートを作っていました。事実に迫ることができていなかったということに気づいて、冷や汗が出ました」とおっしゃった方もおられます。

長年授業を担当させていただいて、ひとつ気づいたことは、教材として、良くないアンケート例を見せると、皆さんどんどん突っ込むことができるのに、ご自分が作ったものを、よりプラッシュアップしてより良いアンケートにするのは、意外に難しいということです。
どうやらアンケート作成技術より先にチェックポイントとして意識することがありそうで、今回は、そのいくつかをご紹介したいと思います。

パイロット・リサーチを行っていない(その必要性を自覚しにくい)のでは?

アンケートの実施に時間もお金もかかった昔は、リサーチの対象者が自然に答えられるものに仕上がっているかどうかをチェックするために、「パイロット・リサーチ」(事前調査)をして、回答不能や違和感のチェックなどを慎重に行っていました。

パイロット・リサーチにもそれなりのコストがかかるので、リサーチを担う人はその前にも自らにチェック項目を課して、リサーチが失敗しないようにエネルギーを割いていました。手軽にリサーチができる便利な世の中は、リサーチのコストを下げ、スピード感を飛躍的に上げましたが、その反面では「失敗しないよう慎重に吟味する」ということを軽んじる傾向を助長してしまいました。

加えて、webアンケートという形態では、「自分が答える選択肢がない」「こんなバカな質問には答えたくない」「このアンケートはおかしい」などと回答者が声を上げる手段がありません。この変化は、リサーチを担う人が「自分の作ったこのアンケートは適正だったのだろうか」と自省する貴重な機会を奪ってしまいました。つまり、パイロット・リサーチの必要性すら意識しづらくなってきたのです。「自分が聞きたいことだけ、聞きたいように聞いてしまうアンケート」が増産される傾向は、この変化によるところが大きいと考えます。

「何を決定するのか」を考えていないのでは?

アンケートに習熟していない人がする失敗の多くは、「何のためのアンケートかに腹落ちせずに作り始める」ことに原因があると思います。リサーチを担う立場の人は、普段から自分の扱う分野について色んな疑問を持っていますし、発注者からも「こんなこともあんなことも知りたい」「ついでにこんなことも一応聞いといて」と様々なリクエストを受けます。時間と費用と質問数の制約に追い立てられながら、担当者は、リクエストにこたえるアンケートを作ろうと努力します。しかし、それでも、データを分析する段になって、はたと「大事なことが聞けてない」と冷や汗をかく状況が起ことがあり、それは「何を決定するためのアンケートか」という議論がチームで共有されていないことに起因しているのです。

アンケートは「みんなが知りたいこと」を興味に任せて聞くのではなく、「次のアクションに使える情報」を確実に得ることを企図しなければならないのですが、これがわかっていない人は意外に多いと思います。

「出た結果をネクスト・ステップにどう生かすか」を考えぬいたアンケートは、質問者の問題意識の高さや課題解決への意思を感じさせ、回答姿勢にも良い印象を与えるのですが、「いったい何が聞きたいのだろう」とイラっとするアンケートだと回答にもその影響が出てしまうのです。

「共感する努力」が足りないのでは?

リサーチのなかでも、特にマーケティング・リサーチは、その出自として「マーケティング」を背負っています。つまり、「マーケティングのためのリサーチ」というわけです。

「マーケティングがわかっていない人に、マーケティング・リサーチはできない」という真実に気づけないまま、リサーチ業務を担当していると、アンケートはいつまでたっても「聞きたいことを聞くだけのアンケート」から脱皮してくれません。
言い換えると、リサーチを必要としている人には、今どうにかしなければいけない、という「課題」があるのに、リサーチを担う人がその課題自体を真に理解できないままで、いいアンケートが作れるはずがないということです。

一方で、リサーチに企業や組織の課題や事情を踏まえた背景があるのと同じで、回答者も個別の事情や課題を背負っています。ところが、アンケートを作る人は、回答者に「自分の考えの中にある平均的な人間」を想定してしまいがちです。色んな年齢、いろんな立場、いろんな考えの人がいるのがこの世の中なのに、対面型のリサーチを経験していない人や、自分の商品のユーザーに会ったことがない人には、特にその傾向があります。

行動や態度を規定するのはそんな多様な個人の「立場・文脈」「知識レベル」「動機」といった実にパーソナルなものであるのに、いざ「アンケート」となると、「ざっくりと平均的な人間像」しか思い浮かべられなくなってしまうのは、「量的調査」がゆえの落とし穴とも言えます。

加えて、アンケートで聞こうとしていることの殆どは、「その人が普段特に意識していないこと」なのに、それをついつい忘れてしまうことも、良いアンケートを作れない原因の一つ。

自分がよく知っている分野だからといて、そのレベルを回答者に求めるのは大間違いですし、「皆に関心があることだ」と知らず知らずに考えてしまうのも危険です。

回答者に共感を寄せる努力は、余裕がないとついつい惜しんでしまいます。そんなときに作ったアンケートは、実は失敗して不満が残るものになりがちです。

アンケートを答える人の立場になって、「回答者はどんな人たちか」「見た人が何を考えるか」「答えることができるか」「どんな気持ちで答えるか」「何か違和感はないか」と想像することは、アンケート作成において欠かしてはならないポイントなのではないでしょうか。

関西学院大学経営戦略研究科 非常勤講師
 弊社常務執行役員 大槻 美聡