トレンドになるか?!消費者の期待を高める「宣伝しない」マーケティング戦略

宣伝しない戦略

映画やドラマの公開前には、一般的にティザー広告やCMが行われ、視聴者の関心を引き付けるためのプロモーションが行われます。通常、ストーリーやキャストなどの情報が明かされることで、視聴者の興味を引き立たせる効果を狙います。しかし、最近では逆のアプローチが増えてきました。題名だけを公開し、ストーリーや出演者を明かさないまま、消費者の興味を引き立てる戦略です。

十分なプロモーションを行うことは、作品の視聴者獲得や商業的な成功にとって重要かと思いますが、この記事では、そのようなミステリアスな手法を使った「宣伝しない」戦略について、具体的に内容を明らかにし、他の業界でも広がり、この戦略がトレンドになるかを探求していきます。

事前PRやマーケティング活動を行わない(宣伝しない)理由

まず初めに、事前PRやマーケティング活動を行わない(宣伝しない)ことについて一般的に考えられる理由を挙げてみました。

1.予算確保の問題

PRやマーケティング活動は莫大な費用がかかります。制作の予算が限られている場合、予算を割くことが難しいケースも考えられます。

2.ターゲット層の特性を考慮

事前PRやマーケティング活動によって認知が広がり利益を得られると考えますが、ターゲット層があまり利用しないメディアや広告媒体でのプロモーションは効果が薄い場合もあります。よって、特定の年齢層や趣味を持つ人々を対象にする場合、それに合ったプロモーション方法(SNSなどを活用する等)が必要となり、費用対効果を考慮しプロモーション自体を控えたり、広くには認知されないことがあります。

3.作品の追求(制作側のこだわり)

作品自体の特性及び独自性を重視し、PRやマーケティング活動を行わない、もしくは最小限にとどめ、ネタバレや口コミでの評価など事前情報を抑えることにより、作品が先入観なく受け入れられることを狙います。

4.作品に対する期待感を高める

作品自体がそのクオリティやコンセプトによって、事前に注目を集めていると感じることがあります。そのような場合は、敢えて事前PRやマーケティング活動を実施せずに、口コミなどの話題性だけで作品を広め、消費者に期待感を持たせます。

5.政治などの社会的問題

作品の内容がセンシティブなテーマや政治的な社会問題などを含んでいる場合には、マーケティング活動を控える場合があります。

プロモーションを行わなかった事例

映画やテレビドラマで、事前公開を抑えた事例を取り上げてみました。

君たちはどう生きるか(映画)

君たちはどう生きるか
© 2023 Studio Ghibli 出典:(スタジオジブリHPより引用)https://www.ghibli.jp/works/kimitachi/

劇場公開日:2023年7月14日
宮崎駿監督によるアニメーション作品

宮崎監督が原作・脚本も務めた作品で、タイトルは、宮崎監督が少年時代に読んだ「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎著書)から引用しています。
公開前の情報としては映画のタイトルとポスター1枚だけです。声優でさえも誰が担当しているのかがわかりませんでした。

スタジオジブリの鈴木取締役は、今回の目的は以下のように語っています。

“事前に内容を伝えないという方針は最初から決めていました。これまでと同じことはやりたくなかったんですよ。製作委員会という仕組みを作ったのも、どうやら僕らしい。映画の大宣伝を繰り広げたのも僕でしょう。その反省にのっとってやるというのが、僕にとっては今回の大きなテーマ。自分で始めておきながら、今の映画の宣伝状況はどこかで1回ストップさせなきゃいけないと思ったことは確かです”
“映画を作ったら、ちゃんと宣伝して、ちゃんと興行もやるべき。それは当たり前なんですが、ものには限度がある。やりすぎは絶対よくないと思っています。だって内容を知った上で、それを確認するために映画を見られたんじゃたまらないですよね。やっぱり面白いかどうかですよ。厳しい目で見ていただきたい”

(NHK「謎に包まれたジブリの新作 鈴木敏夫Pに聞いた!」より引用)
リンク:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230706/k10014119971000.html

つまり、この非プロモーションの狙いは「今までと違ったやり方で勝負したい」ということだったようです。

実際にどうだったかというと、公開4日間の観客動員が135万人、興行収入が21.4億円を突破し、4日間の興行収入は、2001年公開の「千と千尋の神隠し」の初動4日間の興行収入を超え、2013年公開の前作「風立ちぬ」との対比では150%を超える好発進となりました。(コミックナタリーより引用)
リンク:https://natalie.mu/comic/news/533283

VIVANT (TVドラマ)

VIVANT
出典:(TBS 日曜劇場「VIVANT」HPより引用)https://www.tbs.co.jp/VIVANT_tbs/

TBS系テレビドラマ
放送開始日:2023年7月16日

事前公開情報としてはポスターと、出演する俳優が数名公開されただけでした。
公式サイトの「あらすじ」を見ても「VIVANTとは一体…? 敵か味方か、味方か敵か―― 遂に、冒険が始まる」のキャッチフレーズしか載せておらず、内容は一切載っていなかった。

同番組の飯田プロデューサーは以下のように語っています。

”観る人が一番新鮮に楽しんでもらえる形で108分を提供したいと考えた時に、やはり事前の情報はあまり発信せずに、今まで見たことのないものを新鮮に受け取ってもらいたい“

 (クランクイン!より引用)
リンク:https://www.crank-in.net/news/130640/1

ドラマのストーリーを考慮し、あまり情報を与えずに先入観なしで観てほしいという考え方で進めた戦略だということです。

スラムダンク「THE FIRST SLAM DUNK」(映画)

SLAM DUNK THE FIRST
出典:(映画『THE FIRST SLAM DUNK』HPより引用)https://slamdunk-movie.jp/

劇場公開日:2022年12月3日
「スラムダンク」のアニメ映画で、興行収入150億円のヒット映画となった。

スラムダンクはアジア圏を中心に世界的にも人気があり、オープニングのモデルである神奈川県鎌倉市の江ノ電の踏切に多くのファンが訪れることでも知られています。

この映画は事前に映画製作の発表がありましたが公開予定時期を発表した程度で、ほぼ情報公開はありませんでした。そして、公開の1ヶ月前に声優やYouTube等でPV動画の公開をしたものの、TVアニメと声優が異なっていたことやストーリーも公開されておらず、情報が少なかったため、あまり評判は良くなかったようです。
ところが、公開後はその反動も影響したためか、大ヒットとなったのです。

なぜこのような戦略に出たのか、ニッカンスポーツのインタビュー記事に、宣伝プロデューサーが以下のように答えていました。

“原作とは全く違う切り口、新しい観点、視点から描いた作品であり、そこに新しい驚き、喜び、感動があるであろうことは事前に分かっていた。我々も映画屋なので、映画館で感動を最大化するためには、そして原作が連載され、テレビアニメが放送された当時、大好きだった方に、映画の価値を伝えるには、どういう宣伝をしたら一番、良いかと考えた時、イレギュラーながら、あらすじや内容を事前には明かさない、という考えに、たどり着きました。”

(ニッカンスポーツ「THE FIRST SLAM DUNK」情報をひた隠しにし続けた東映の真意より引用)
リンク:https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202212210000028.html

テレビアニメでつかんだファン層の心をつかみながら、映画はテレビとは異なる(違った価値を持つ)ことを伝えるための戦略だったということが覗えます。

非宣伝戦略の成功要因は

3つの例を紹介しましたが、改めて整理してみます。

先述した「事前PRやマーケティング活動を行わない理由」に当てはめてみますと、「君たちはどう生きるか」「スラムダンク」は「期待感を高める」戦略、「VIVANT」はストーリー性を考慮した「作品の追求」した戦略に該当します。
単にこれらの戦略を用いると、成功するのかというと、そうではないはずです。その要因を考えていきたいと思います。

事前にファン層が存在している

ジブリ作品は毎年夏になると作品が公開されることはわかっており、ジブリ作品というだけで一定のファン層がいます。また、スラムダンクはそもそも単行本が発刊され人気があるからテレビアニメになったという背景があるので、こちらも既にファン層がいます。VIVANTは原作がなく、その作品そのもののファンは事前にはいないが、『日曜劇場』なら観るという層は存在しています。

期待感を上回る内容が求められる

もし期待したほどの内容では無かった場合には、期待感からの反動で批判は大きくなると思われます。事前情報が少ないとミステリアスだと普段よりも惹きつけられ、内容に対するハードルは高くなっていると考えられます。

これらの2つの要素がどちらも欠けることなく進むことが成功への要因となると考えられます。

まとめ

映画及びテレビドラマについて非事前PR・マーケティング活動についてまとめましたが、これがトレンドになるかと言うと、かなりリスクがあると思われるので、トレンドとしては難しいと思われます。ただし、このように成功例が出ているので、今後も同様に行う例はあるかと思いますが、それは事前にファン層がいるようなケースに限定されると考えられます。

また、他の業界でもこの戦略が成り立つか考えてみました。確かに他の業界でも応用できる戦略ではありますが、大きなリスクを伴いますので、商品・サービスの担当者が積極的に取り入れていくとは思えないです。やはり、事前にある程度のファン層(一定層の購買が見込まれる)がキーポイントになってきます。ただし、最大のメリットとして、宣伝費を劇的に圧縮できることを最後にお伝えしておきます。

(digmar編集部)